2026.02.10
デザイン・ゲーム
保多織。「ぼたおり」と発音するのだそうです。
香川の伝統的工芸品として、いまでも日常着などで愛好されている方もいる布地の名前です。保多織はその織り方に特徴があり、いわゆる普通の織り方である「平織」の工程にわざとヌケを作り、4工程に1回定期的にイレギュラーな操作をすることで、布地が立体的になり、ワッフル状の生地が出来上がります。そのため、肌触りと通気性が良く、それでいて空気を多く含むので、冬には他の服と重ね着すれば暖かい。そして長持ちすることから「保多:多年を保つ、織」と名付けられたのだそうです。その歴史は江戸時代から続き、かつては日常着の材料として売られており、高松市内でも多くの生産者がいたといいます。しばらくの間、この地域の産業であり、文化でもありました。
その後、20世紀に入り日本でも生活が西洋化し、一般の人々の日常着も着物から洋服へと変化していく中で、反物としての販売はみるみる減少していきました。そして今や、保多織の生地を生産できるのは市内の「岩部保多織本舗」だけになってしまったのです。岩部さんのお店でも、ライフスタイルの変化に伴い、布地だけでなく洋服や服飾小物はもちろん、シーツやハンカチ、手ぬぐいなどのオリジナル製品も手掛けていらっしゃいますが、大量生産で流通する普段着の洋服にはやはり太刀打ちできるはずもなく、家族経営的な規模でなんとか存続させているのが実際のところだそうです。しかし、品質と製品への信頼からくるプライドというか矜持のようなものがひしひしと伝わってきます。私たちは、この素晴らしさにどう再び光を当てることができるのだろうか、と考えさせられます。
そこに、ひとりの女性が現れます。吉原潤さん。幼い頃、祖母につくってもらった洋服への興味が常に彼女の頭の片隅にありました。そしてある時、独学で服作りを始める決意をされます。そんな中で、地元である高松の伝統的工芸品である保多織と運命的な出会いをするのです。この布で洋服を作りたい。香川から発信したい。その思いは、多くの共感を呼び、2025年にはパリのファッションウィークから招待を受けてランウェイショーを開催されました。高松発の生地と洋服の世界観を世界に披露されたのです。高松市も支援し、歴史的な建造物(重要文化財)である香川県庁の広場で凱旋ランウェイを開催し、市民や国内の人たちにも多く注目されることとなりました。2月後半には高松三越主催で、三越の目の前にある丸亀町商店街ドームでランウェイと受注会を開催されるとのことです。こうして、岩部さんのつくる生地の魅力、そして潤さんの服の魅力に取りつかれた人たちと、香川・高松のシビックプライド醸成の機運と合せて、保多織はいま、その存在感を高めています。
ある日、吉原潤さんのアトリエを尋ねました。そこにはオーダーのためのサンプルや型紙、オリジナルのバッグや帽子などが並べられた空間と、布地で仕切られた奥にある制作スペースで構成されています。洋服の制作は、潤さんおひとりで最初から最後まで行われます。完成までに時間はかかりますが、100%ひとりのつくり手兼デザイナーによるハンドメイドのオーダーの洋服がつくれるのが魅力です。屋号は「ブティック june」で、吉原さんご自身の子供の頃の写真をモチーフにしたアンティークな感じのロゴが親しみを覚えさせます(この写真で着ている洋服はおばあちゃんが作ってくださったものだそうです)が、それらの洋服たちは実に個性的です。印象としては若い人向けに感じられるかもしれませんが、世代を超えたファンがいらっしゃいます。これもまた、保多織という布地の持つ優しさや時代を超える風合いと無縁ではないでしょう。
実は、保多織とは織り方の名称なので、織り方さえ分かれば誰でも保多織の生地をつくることができるのです。潤さんも現在試しにウールで編んでいるといいます。デザイナーらしく常に新しいことに挑戦される研究熱心な側面もお持ちです。ショーに出されたようなエッジの利いた実験的なデザインだけでなく、日常着として着られるようなスタンダードなものもたくさんつくられています。「なるべく多く着てもらいたい」と話されるのは、ご自身の個性的なデザイナーとしての側面をだけではなく、保多織の良さを伝えたい、というウェイトが常に心にあるからだと感じました。
岩部保多織本舗の岩部卓雄さんとお話しした際にも、潤さんの活動には大変喜ばれているご様子でした。「ああいう若い人たちが出てくれば、産業としての保多織にも喜ばしいこと」と話されていました。(ブティック.june の服に使われる生地はもちろん岩部さんのお店から供給されています)
岩部さんの店先にも、端切れをパックしたものが販売されています。潤さんのように洋服は作れなくても、アクセサリーや、ちょっとした小物などが他の人にもつくれるかもしれません。実際に、栗林公園の栗林庵など香川の土産物屋には、デザイナーや手芸作家さんたちの作った保多織のアイテムが幾つか並んでいます。そんなひとつひとつに、この保多織を少しでも知ってもらいたい、という思いが込められているような気がします。私たちの学科でも、この素晴らしい布地の魅力を伝えることにどう関わっていけるか、学生たちと考えていきたいと思います。